譜面を見ないという事

それが、そんなにえらいことなんかい?

「うるおぼえだったからコード間違えた。」

そりゃ、お金払って聴いている人や一緒に演奏しているプレイヤーに失礼だろ。

譜面を見ないことが目的じゃないだろ。

だったら、必死で暗記してこいよ。

確実じゃないんなら見ろよ。

あやふやな演奏するんじゃない。

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弾いている自分と聞いている自分

全然別の本を読んでいるときに、この言葉がなぜか頭に浮かんだ。
たぶん、「広告効果をすぐに判断してそれに対する施策をすぐに打つ」ってことに反応したんだろう。

楽器の練習で、よく、「何度も同じ事を言われているのだけど、なかなか出来るようにならない」とか「言われたときには出来るんだけど、すぐに忘れてもとに戻ってしまう」とかいう人がいる。 やる気はあるんだけど全然上達しない典型だと思うのだけど、それって、「弾いている自分と聞いている自分」が常に同時に存在していないのだと思う。

楽器を弾いているときって、自分の出したい音があって、自分の出している音があって、それを聞いている自分がいて、常に自分の出したい音と自分の出している音との差異を確認しながら、それを弾いている自分にフィードバックさせて、微調整を行いながら次の音を弾いていると思うのだ。

言われたことをやっている(あるいは、やっているつもり)なのに、同じ事を何度も言われると言うことは、聞いている自分が弾いている自分に修正指示を常に出していないのだ。

よく、聞き上手は話し上手というのだけど、自分の演奏を自分で聴けていなければ、自分の目指す演奏にはならないのだ。

と、自戒を込めて書いておく。

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そりゃ、無理だって・・・。

楽器はまぁまぁ演奏できるものの、ジャズを始めてまだ間もない人から「アドリブをやりたいんだけどどうすれば・・・」とかいう話をよく聞く。

いやぁ、そりゃ無理だって。

どうして、楽器が弾ければ「なんかのコツでジャズのアドリブができる」と思ってしまうのでしょうか?

たとえば、踊りを習い始めてすぐに即興の創作ダンスなんてできないでしょ?
言葉が話せるからって、その場で即興劇だってできないし、字が書けるからってその場で小説や即興のお話を作ることだってできないよね?

演劇も文学も、そしてジャズだって、学問でもあり理論もある。 取り組んでいる人にとってみたら、「そりゃ、そんな簡単じゃないよ」ってことなのに、なぜか、アドリブだけは楽器が少々弾ければ「コツがあればできてしまう」って、思われてしまう。

だから、「できません」って。

じゃぁ、なにからやれば?

そりゃ、舞踏でも演劇でも柔道や剣道でも、みんな同じ。

ルールを覚えて、一つ一つの型をマスターしていく。

しかないでしょう。

僕ですか?

すみません、まだマスターできていない型がいっぱいあります(^^;

だから、追求しているんです。

少なくとも、何かのこつでやろうとは思っていません。

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上達方法

Q たくさんコピーしてもなかなかアドリブができないんです・・・。
A それは、コピーしたフレーズを弾いても、それはコピーした音を鳴らしているにすぎないからです。
小説から言葉や文章を拾いだして、適当にならべてみても、それは小説ではないし、そんな話はおもしろくもなんともないです。

Q リズム感が悪いので、メトロノームを使って練習をしているのですが・・・。
A メトロノーム使ったからって、スイングしません。メトロノームとスイング感やリズム感は関係ないです。
メトロノームは、ただ正確にカチカチ鳴っているだけです。

Q 理論がわからないのですが・・・。
A 勉強しながら曲をたくさん演奏しましたか?受験と同じで参考書と問題集の両方をやらないと身に付きません。わかんないのなら問題集をこなす量が少ないのです。

Q どこかにいい先生はいませんか?
A そんなこと聞いている段階なら、誰にならっても同じです。

Q どうすればうまくなりますか?
A 「これをすればうまくなる」という方法はありません。 自分で考えつく限りの方法を自分で必死に試してみて、自分の演奏は上手な人とどこがどう違うのかを考えていくしか手はありません。
ついでに言うと、『僕はこうやったから、あなたも・・・』といった他人のアドバイスは最もあてになりません。
なぜなら、その方法では、その人以上には上達しないからです。

Q 耳コピができないんですが・・・。
A そりゃ、聞いている回数が少なすぎるだけです。100回聞いてわからなければ200回、それでもわからなければ300回と、出来るまで聞けばできます。

Q ジャズをこれから始めるのですが何を聞けばよいですか・・・・。
A なんでもいいです。

とっても辛口ですが、何十年も音楽をやってって、つくづくそうだと思います。

ただ、
「自分の演奏を何度も録音して、自分で何度も聞くんだよ」
とハンコックは言っていました。

これだけは、正しいと思う。
なぜなら、Plan-Do-See-RePlanという王道だらか。

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そのフレーズがかっこいいわけじゃない

最近とくに思うのだけど、かっこいい演奏って、そのフレーズがかっこいいワケじゃない。

コピーして弾いても、下手に弾いたらそりゃださい。

かっこいいフレーズと思って音をコピーしても、何の変哲もないダイアトニックスケールだったりする。

フレーズがかっこいいワケじゃない。その人がそう弾いたからかっこいいんだよ。

その人が弾けば何でもかっこいいのさ。

と言うことは、コピーすべきは音じゃなくて弾き方であるべきだ。

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フレーズの引き出し

「たくさんコピーをして、いっぱいフレーズを覚えて、たくさんのフレーズの引き出しからさまざまフレーズを取り出すんだ」

一見とってもかっこよさそうなセリフだけど、それって、人の作ったフレーズを順列組み合わせで並べているだけ。

それって、クリエイティブなの?

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「出た音に対する反応」の嘘

アドリブの極意として、「音をよく聞いてその音に対して反応をすんだ」なんて事が言われる。

一流のプレイヤー達も、「他のプレイヤーのサウンドに反応する」とか言っているし、なるほど!なんて聞いている人も思っている。

もっともらしいけど、本当なのかそれは?
実は、それじゃぁ遅いんじゃないか?
必ず、それだと後手後手だろ。

後出しジャンケンでよいのか?
後出しジャンケンをするプレイヤーを一流と呼んで良いのか?

違う!

出た音に対して反応をするんじゃない。

他のプレイヤーをよく聞くところまでは一緒。
出た音に対して反応をするんじゃなくて、出そうな音を予測して反応をするんだ。

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曲のアナライズ その2 モチーフの発展

曲をアナライズするときに大切なポイントの一つが、モチーフのアナライズではないかと思う。

音楽を進行するときに、『モチーフの発展』と言うことを念頭に置いてメロディーやソロを作っていく場合が多い。
特に意識をしなくても、歌ってみたら結局そうなっていたと言うことも良くあるのだが、自然な音楽の流れを考えたときには、一般的にはモチーフを展開させていくという手法が取られることが多い。

では、モチーフの発展って何だろう。

基本的には、数拍にわたった音列を一つの固まりと見て、その固まりをどう変化させて別な物へと進化させていくのか?と言ったことがモチーフの発展だ。 音楽が時間の推移の中でのみ認識される作品であるいじょう、時間的推移の中での変化・発展は作品を構築する上で有効な手法であろう。

では、モチーフの発展のさせ方にはどんな方法があるだろうか?

・反転
・拡張
・縮小
・水平移動
・垂直移動
・省略
・追加
・一部変更
・均一化
・ランダマイズ
などがあり、それぞれに「音程への変化付け」「リズムへの変化付け」と2種類の変化対象があり、もちろん融合されて変化・展開をしていくことも多い。


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曲のアナライズって何だろう。 その1

曲のアナライズってどこまでやればよいのだろうか?

普通、アナライズと言ったらコード進行の分解分析だ。

何のキーで、これはトニックだとかサブドミナントだとかドミナントだとかをまず判断する。
その上で、どういった進行になっているのかを分析していく。

いわゆる、
「Ⅱ-Ⅴで進行している」とか、
「これはⅡの代理コードだ」とか
「ダイアトニック上はⅡm7なのだけど、ブルージーな雰囲気を出すためにⅡ7にしている」とか、
「ここはパッシングディミニッシュだ」とか、
「サブドミナントの代理コードに一旦したあと、Ⅱ- Ⅴに細分化している」などなど、

知っている限りのルールをあてはめて曲のコード進行の構造を骨組みだけにしてみる。

で、その上で知っている限りのフレーズをコード進行構造にあてはめて、ここではリディアンスケールだのドリアンスケールだの、はたまたオルタードだのリディアンセブンだのコンビネーションディミニッシュだのスーパーロクリアンだのハーモニックマイナーパーフェクトフィフスダウンだの、だんだんと舌をかみそうなスケールをあてはめて、みたりなんかする。

で、アドリブまでを採譜してみて、「ほらほら、ここはコンディミなんだよ」とか「ここは、リディアンセブンだったんだね」なんて語ってみたりする。

ここまで来ると、市販のコピー譜の「アナライズ」ってとこに書いてあることは理解できるようになるし、一人前感がでてきて、ほぼビパップから主流派くらいまではこれでカバーできるし、ここまで知っている俺はなかなかやるもんだなんて思ってしまうのだが、果たしてそれでよいのだろうか?

これは、あくまで骨組みやパーツにばらしてみただけのことである。

なぜ曲のアナライズをするかというと、自分がその曲を使って何らかの表現をするにあたって、じゃぁ、他人はどうやっているの?と言うことを、詳細に理解をするために行われる物だ。

今、ここでやっていたことと言うのは、「コードの分解」と「音程と音列の把握」だと思う。

それだけで、人の演奏や楽曲を分析したことになるのであろうか?
多分そんなことはない。

どうしてそうしたのか?
どうしてそうなったのか?
どうやったのか?
どうしてそれはかっこいいのか?
どうして名演奏なんだろう?

などなどたくさんの疑問が出てくる。
もう、疑問の固まり。

だから、もっともっとマクロに、もっともっとミクロに分析するべき事はあると思うのだ。

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『感情を込める』

音楽を教えるときに、よくとってもいい加減なアドバイスがなされるときが多い。

たとえば、

『感情を込める』

『ノリを出して』

『躍動感のあるリズム』

なんだ?それらのアドバイスというのは?
いいのか?それで・・。そんなアドバイスを受けて納得しゃいかんと思うのだが。

『感情を込める』の感情って何だ?
『ノリを出して』のノリって何だ?

どこがどうなっていたら『感情が込められた』事になるのだろう。

ということで、『感情を込める』ということについての私見。

かんじょう ―じやう 【感情】

(1)喜んだり悲しんだりする、心の動き。気持ち。気分。
「―に訴える」「―を顔に出す」「―を害する」「―を込めて歌う」

(2)〔心〕 ある状態や対象に対する主観的な価値づけ。「美しい」「感じが悪い」など対象に関するものと、「快い」「不満だ」など主体自身に関するものがある。また、一時的なものを情動、持続的なものを気分と呼び分ける場合もある。

※大辞林 第二版 (三省堂)

なるほど。でも、フレーズを弾きながら喜んだり悲しんだりなんかは普通しない。また、聞きながらも喜んだり悲しんだりはあまりしないので(まぁ、する人もいるかも知れない)、そうすると、『感情を込める』というのは「主観的な価値付け」のことになる。
※歌詞やタイトルに反応をして、共感や追体験から喜んだり悲しんだりすることはあるけど、それは今回は別。

じゃぁ、「主観的な価値付け」ということはどういう事だろう。
まず、対象に関する物と主体自身に関する物があるとのことだ。楽器演奏に置き換えると、どっちがどっちかはわかんないけど、①フレーズに関するものと②フレーズを構成する音の音質音量や弾き方などに分けられると思う。これらを自分自身でどう価値をつけるのか?という風に解釈をしよう。

①フレーズの主体的価値付け。
どういう事だろう。あまり難しく考えると、何も弾けなくなってしまうので、最初は軽く考える。

アドリブをするときにはまず何からはじめるだろうか?
たとえば、テーマのフェイクかな。テーマの音程はそのままで、リズムをちょっと変えてみたとか、装飾音符をつけてみたとか、別なコードトーンをフレーズの間に挟んでみたとか、そんなことから始めてみる。

そんな風にして口火を切ったら、あとはいろんなバリエーションを考えてみる。音程をずらす、リズムの反転、上行→下行、そんなバリエーションから、引用、音の停滞、ジャンプ、スケールの変更、テンション化、転調などなど・・・・そうやって考えてみる。

それぞれのフレーズが自分自身の意図を反映させたフレーズであって、決して手癖とか「知っているフレーズをあてはめました」とか、そんな物ではない。
それが価値付けじゃないのか?ある意味では、意味づけとも言うかも知れない。

②一方の弾き方の主体的価値付け。

そのフレーズをどう弾くのか?どういう意図でもってそのフレーズを弾くのか?
たとえば単なる八分音符だっていろんな弾き方がある。イーブン(均等)で弾くのか?付点八分で弾くのか?3連で弾くのか?それとも、イーブンと3連の中間くらいで弾くのか?いったい、どの弾き方を採用するのか?クリック上のジャストのタイミングで弾くのか、それともちょっと前に持って行くのか?それとも後ろに持って行くのか?

また、そのフレーズのどこにアクセントをつけるのか?クレッションドで弾くのか?デクレッシェンドで弾くのか?組み合わせるのか?どこで息継ぎをするのか?どこかでいったん切るのか?それとも一気に弾いてしまうのか?音程の間隔はどう取るのか?均等な音程になるのか、それともどこかだけを広めの音程にするのか?ビブラートはどうやってつけるのか?最初からかけるのか、あとからつけるのか?早くて小刻みのビブラートなのか?それともゆっくりと広めの音程移動を伴うビブラートなのか?

以上の二つを合わせると、その場所にはどんなフレーズがふさわしいのか?そしてそのフレーズはそれぞれどう弾くのがもっとも最適かつ快適なフレーズになるのか?

おおお、やっと出てきた、目的が(笑)

思うに、演奏をするにあたってこれだけの判断をし、再現をすることによってやっと「感情のこもった演奏」になるんだよ。

つまり「感情豊かな演奏」、とか「表情の豊かな演奏」っていうのは、先に書いた手法のバリエーションやアイディアが豊富で、その判断基準や選択が的確で、意図したことをきちんと再現することができる演奏を言うのだ。

決して、「楽しい」とか「悲しい」とか「嬉しい」という気持ちを何らかの方法で示すことではなく、また単純に「険しい表情や官能的な気持ち」で弾くことでもない。

だから、「そこはもっと感情を込めて!」なんて言う先生がいたら、是非「どこをどうすればよいのでしょうか?」と聞いてみるべきだ。単純に音量(ダイナミクス)の問題なのか、リズムの問題なのか?アクセントの問題なのか?もっとミクロな弾き方の問題なのか? 「感情を込める」なんていう抽象的な表現ではなく、もっとはっきりと解るデジタル的な視点でミクロな演奏の修正を指摘して貰った方が、結局上達への早道だと思う。

たとえ指摘できなくても、少なくとも先生の「このフレーズは、俺だったらこう弾く」というやり方はその場でまねをしてみるべきだ。そのあとで、自分との違いを分析すればよい。だいたい先生の方が、正しくて快適な判断だ。

習っていない人は、コピーしたフレーズをマクロなまでに聞き込んでもの真似をしてみればよい。
もの真似ができれば、それは正しい弾き方だ。

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