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ルートを弾かない・変更すると言うこと

I love you porgyと言うスタンダードを弾いていて、「ルートを弾かない・ルートを変えてしまう」と言うことについて、いろいろと考えた。

正確にコピーしたわけじゃないのだけど、キースがこの曲を弾いてるときに、オリジナルではFで始まるのだが、何となくAmのサウンドで弾いているように聞こえた。(←あの~、ちゃんとコピーしたわけじゃないですよ。キースのこのCDをかけた後にピアノを弾いたら、頭の中に残っていたサウンドイメージがそうだったと言うことだけです)

F△7とAm7は、構成音は同じだけど、ルートをどこに置くかでサウンドは全く異なった物になってくる。
で、調子にのって、そのままルートを弾かずにルートが全音あるいは半音など普通の動きではないように弾いてみたら、表記されている和音というかモードというか調性と実際に響いているサウンドがずれていて、これがまた面白い、新鮮に感じてしまった。

そりゃ理論的に言っても当たり前と言えば当たり前なのだが、改めて「おおおお、そうか~」などと一人で夜中に弾きながら、このところ悦に入っているのだ。

コンボ演奏だと、「ルートはベースが弾くから、ピアノは弾かなくて良い」なんて言うし、実際コンピングの時には、ルート音を気にしないでボイシングをしている。

一方で、ピアノソロ(独奏という意味ね)の時にはコードを明示する為にルートをきちんと弾く事が多いわけだ。
でも、ピアノソロの時などでも敢えてルートを弾かずに別な流れを作ったり、ハーモニーをよりモード的に調性を煙に巻いたまま、いつもとは異なるサウンドを楽しんでしまうのも面白いなぁと言うことを改めて実感したのだ。

リハモも、構成音は同じだけどルートを変えて違ったモードを使っていくといった手法も時折採用すると渋くて良いかもなんて気がしてきた。

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